広告代理店から愛を込めて

心筋梗塞になった40歳広告代理店の人のブログ

追っかけて幸せになる法――安全に「自己解放」、癒やしの効果も(暮らしサプライズ)

2008/02/16, 日経プラスワン, 15ページ, 有, 2061文字 1ページ、626444バイトスクラップブックに登録書誌情報類似検索印刷イメージを表示

 中高年もロマンと熱狂を求めて思う存分あこがれのスターを追っかける――。「年がいもなく」はもはや死語、日本は女性の「追っかけ天国」だ。
 十年来の宝塚歌劇ファンという主婦の田中智代さん(仮名、47)の恋心は、ある日突然訪れた。
 たまたま誘われた宝塚、舞台が終わったら自分の目が「きらきら星」と化していた。以来、東京と宝塚で同じ演目を何回も見るようになり、「舞台を見ながら死にたい」とまで思うほど。「舞台を見てると子どものお弁当作りやゴミ出しのことも一切忘れられる」。枕元には大好きな男役のポスターを飾っている。
 帝塚山学院大学教授で精神科医香山リカさんは、追っかけを、あわよくば恋愛まで持ち込みたいという「現実恋愛目標型」と、現実の恋愛にならないからこそ追いかける「理想恋愛追求型」の二つに分ける。
 「後者なら空想で完結するので傷付かない。男役に恋する宝塚ファンや韓流ファン、アニメキャラクターにはまるのもこのタイプ」
 フリーライター島村麻里さんは、韓流スターや氷川きよしハンカチ王子にときめく中高年女性のミーハー現象を「ロマンチックウイルス」と命名した。若い世代の追っかけはビートルズグループサウンズの時代から連綿とあったが、中高年女性が大挙してロマンを追い求めるさまはこの時代ならではという。
「子ども返り」を
 「やればできるという達成感。この年にして、こんな楽しい日々が待っていたとは!」というロマンチックウイルス感染者に共通するのは、「熱狂する自分自身に恋していること」と島村さん。韓流スターにハマるのは「文化・言語的な違いという遠さと、顔立ちの類似、飛行機ですぐという近さの微妙な加減が安心材料になるから」。
 日本大学医学部の渡辺登教授は若者の追っかけを「移行=成長の過程」、年配者の追っかけを「退行=子ども返り」と考える。「移行は異性との付き合いに進む前のウオーミングアップで、退行は若いときに願っても満たされなかった思いを今に置き換える作業。子ども返りは癒やしになる」
 サッカーJリーグ浦和レッズのファン歴十年の会社員、戸所弘美さん(仮名、41)の三−十二月は多忙を極める。週末はサッカー観戦。試合が終わると深夜バスで東京に戻り、そのまま会社へ直行もしばしば。ゼロ泊三日の海外弾丸ツアーもこなしてしまう。「もう趣味の域は超えた。レッズなしの人生はあり得ない」
 「一番充実を感じるのは試合に勝って選手の喜ぶ顔を見るとき」と、すっかり母親気分。気の合うファン仲間とレッズを語りながらの飲み会も居心地がいい。
 香山さんは「チームの追っかけは、勝利に貢献しなければという意識が強い」と言う。「ここで自分が声を出して応援しないとゴールが決まらないのではと案じる。綱引きで自分一人でも手を抜いたら負けてしまうと思う参加意識と同じ」
 私が応援してあげなくてはという使命感が、ハマる加速装置になるわけだ。これは宝塚や歌舞伎のファンにも通じるところがある。
 「出待ち、入り待ちするファンの人数は人気を測るバロメーター。その数が多ければトップスターに抜てきされる道も見えてくる」と言うのは宝塚に詳しいジャーナリストの清野由美さん。確かにファンは一時間でも二時間でもいとわず、お目当てが劇場に出入りするのを待つ。そうするうちに、「私こそが彼女をトップスターに育て上げた」という自負心や優越感が生まれてくる。
ハマリズム注意
 追っかけの対象は人に限らない。列車を追いかける鉄道ファンもいれば、カメラや切手、チョウを追い求める人もいる。「人の追っかけは想像上の物語に自分を取り込むが、モノの追っかけは、自分をその世界の外に置き、ちょうどジオラマを俯瞰(ふかん)するがごとく、全体像を把握し支配したいという気持ちが強いのでは」と香山さん。
 杏林大学医学部の古賀良彦教授によれば、追っかけを楽しむ気持ちはだれにでもあるという。何かに夢中になり、その目的に向かって手段を考え実行する面白さ、そして生で見聞きし五感で感じられる楽しさ。「これは人間の本能的喜びと知的喜びの両方にかかわる。何かに夢中になるのは安全にストレスを解放するのにいい方法」と言う。
 ただし、夢中になるのも節度が必要。「お酒と同じ。追っかけをしないと不安になるような状態は行き過ぎ」(古賀さん)だ。
 家族機能研究所代表で精神科医斎藤学さんは、ある行為や考えにはまって抜けられない状態を「ハマリズム」と呼ぶ。そこには衝動的、反復的、強迫的、どん欲という四つの特徴があるという。加えて、その行為を好きでやっていて、自分や周囲に有害となれば依存症に近くなる。「ストーカーや買い物依存症摂食障害アルコール依存症など根っこは共通」という。
 追っかけも、理性の一線をちょっと越えたり戻ったりしながら、「夢中」という感覚を楽しむべきもののようだ。   (福沢淳子)
【図・写真】開演前にはファンクラブごとに「チケット出し」の列ができる(東京都千代田区東京宝塚劇場)=写真 岡田真