広告代理店から愛を込めて

心筋梗塞になった40歳広告代理店の人のブログ

「汲む」


そう。まさにすれっからしになることだと思っていた。いや、思ってもいる。


それを、身をもって否定してくれている人がいる。


その人は、たぶん、震える弱いアンテナをいつも根っこにかかえていて、
四方八方にその感度の高いアンテナを張り巡らせてくれている。


ぼくは、どちらかというと、その意図を汲むべきなんだろう。
わかっているのだけれど、
恐怖心と懐疑心と羞恥心とが、ざわざわと、むくむくと
生まれては歩みを止めさせるのですだ。


嗚呼。なんて出来ない子。
死ねばいいのに。笑

大人になるというのは
すれっからしになることだ
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました


初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました


私はどきんとし
そして深く悟りました


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  
柔らかく外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


茨木のり子

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