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心筋梗塞になった40歳広告代理店の人のブログ

CM監督

“ざわつかせろ”。「きみの番だ。伝説をつくれ。怪物になれ。百年に一人と語らせろ」と強気で斬新な姿勢で日本野球界へ宣言を放つNIKE BASEBALLのキャンペーン。2013年3月に開催され、日本中で盛り上がりを見せた第3回ワールド・ベーシック・クラッシック(WBC)にて一度だけテレビでオンエアされたNIKE BASEBALLのCMが「宣誓」だ。映像制作プロセスをアメリカ流で行い、編集権を持つエージェンシーが撮影素材をエディターと仕上げていくなど、掟破りな選手宣誓CMと同様、通常とは異なるスタイルで作られている。文字通り日本を“ざわつかせ”た本作の背景について、監督を務めた江藤尚志氏に話を聞いた。

NIKE BASEBALL「宣誓」
dir: 江藤尚志|a: Wieden+Kennedy Tokyo|prod: AOI Pro.|ex cd: ケイレブ・ジェンセン、長谷川踏太|ad: 真木大輔|c: アンドリュー・ミラー、久山弘史|a pr: 田中賢治|account: ライアン・ジョンソン川崎愛|pr: 陽智史|pm: 阪上里沙|ca: 野田直樹|art: 柘植万知|vfx: 大澤宏二郎(IMAGICA)|sty: 横手智佳|hm: 森高愛、服部さおり|location cordinator: グルーヴ、鼓動|casting: ダイプロ、百武恵美子|m prod: Stimmung|m: ガス・コーヴェン|cast: 大内田悠平|colorist: 福田康夫オムニバスジャパン)|post pr: timo(Cutters Tokyo)|off ed: ライアン・マクガイア(Cutters Tokyo)|on ed: 安田雄策(IMAGICA)|mixer: 中野徹IMAGICA© 2013 WIEDEN+KENNEDY TOKYO. ALL RIGHTS RESERVED.
――NIKEの「宣誓」は江藤監督にとってどのようなプロジェクトだったのでしょうか? 反響も含めて、“ざわつかせろ”というタグライン通りの作品となりましたね。
観た人がどんな反応するか全く予想がつかなくて、ドキドキしてました。色んな人のコメントを見て「そういう風に思ったんだ」とか、尊敬しているクリエイターの人がいいこと書いてくれていたりしたので嬉しかったり。
それに、こういうこの企画をやろうって思い切れるクライアントさんとクリエイティブエージェンシー(以下、エージェンシー)さんって普通あんまりないというか。一歩間違ったらクレームが入ってオンエア中止になるんじゃないかって、僕の方が心配していたくらいでしたが、「むしろそれでいいんです」って。

野球少年が、突然自己顕示から強気の宣誓をする。日本のしきたりではありえないことを言う。ずっと広告をやっていると変に毒されてくるというか(笑)、「あれもこれもやっちゃダメ」なことが多いので「やってください」って言われると「おぉ! こんな仕事が出来てラッキー!」って。

ワイデン+ケネディからは、そういった「選手宣誓をモチーフに、主人公がこういうことを喋り出す」というのをいただいて、僕の方からは日本においての野球文化や背景を踏まえて、ユーモアのあるエンターテイメントとして成立するような映像プランをプレゼンしました。そこを忠実に形にしないと、「俺、この業界で一生働けなくなる」と勝手にプレッシャーを感じながら(笑)。

――トーンとしての狙いはどういうところだったんでしょう?
フィクションとノンフィクションの狭間を狙いました。というのも、選手宣誓自体、世の中に浸透していて、みんな映像で目にしたことがあるので、フルドキュメントはちょっとおかしいかなって思ったんです。突拍子もない台詞だし、ドキュメントでありながら、フィクションであることを視聴者に感じてもらう必要があると思いました。こっちの演出の意図が出ているような撮り方をいつもより意識的にしています。映画的っていうのは言い過ぎかもしれませんが、ちょっとだけ物語風なカメラワークをドリーでつけてみたりとか。

――映画のような質感や雰囲気を確かに感じます。その狭間を実現するにあたって採用した、映像にまつわる技術はありますか?
アスペクト比シネスコサイズにしています。一番大きいのは、16ミリフィルムで撮影し、最終的に35ミリにブローアップしてることです。カメラマンの野田直樹さんが提案してくれて。予算も限られていたので、本当はあのスケールのものをフィルムで撮るって難しいんです。最後まで、「なんとかビデオになりませんか?」と制作チームからは何度もお願いされたんですけどね。「いや、これはフィルムで撮らないとダメだ」って、絶対にこれは外すまいと思っていました。
フィクションとノンフィクションの狭間を狙っているのに、ビデオだと生々しくてノンフィクションの匂いが強くなっちゃうんですね。フィルムだと、階調の具合とか、映像に対する印象がフィクションっぽさが強くなるんです。やっていることがフィクションって分かるのが大事なんですね。野田さんも「絶対フィルムじゃなきゃ嫌だ」って言っていて。完成してみて、折れなくてよかったと思いました。

――撮影は何日間で、カメラは何台使用しているんですか?
球場のシーンは2日です。トータルで5日くらいですね。球場のシーンは、実際は、数百人しかエキストラさんがいなくて、ポストプロダクションで何万人にもしているのですが、それは大変な作業でした。

カメラの台数は3台くらいでした。球場は広いので、移動だけで凄い時間が掛かるんですよ。階段もいっぱいあるし、俯瞰ショットもあるし、スピーチを絶対数アングル撮りたいと思っていて、それを限られた時間でやらないといけないので、数台体制にしています。

最終的に、スピーチは6、7アングル撮ったのかな。フィクションであるべきなのでこれくらいのアングルは必要だったんですね。見てる人は、意識してないけど感じていると思うんですよね。真正面でカメラ目線で言ってるとエモーションに繋がるとか。その後の編集の自由度も広がりますし。

■ 引き込まれるスピーチシーンの秘密

――野球少年の選手宣誓、すごく引き込まれます。
企画のパンク度に僕の中でも火がついたので、撮影時は、鼻息が荒くて血流も速くなり、その場の勢いで夢中でやっていました。引き込むための計算というのは全くなくて。ただ、演出コンテを書いている段階から、一つだけ絶対に忘れないようにしていることはありました。自分の中でこうしたいなって想いがあって。

――それは何でしょうか?
色々大変だけど、重要なのはスピーチだってことですね。全てはスピーチにかかっていると思っていて。膨大なカット数なので一つ一つロケ場所、靴下の色、背景は何色とか膨大なボリュームを決めていかなくちゃいけなくて、気が付いたらそういうことにパワーをとられちゃいがち。でも、このスピーチを全てのカットがサポートするようになっていなきゃダメで、それによって更にスピーチがよく聞こえなきゃいけないんです。
スティーブ・ジョブズのスピーチじゃないですけど、スピーチでどれだけインスパイアさせられるか。しかも、モノローグという形の自分に対する宣誓で。

スピーチを作り上げるその過程が一番辛かったし、力が入っていましたね。スピーチのことばっかり気になって、撮影直前の正月休みも楽しめなかった。何見ても何聞いてもスピーチに意識が繋がっていく。役者のオーディションも撮影の2日前くらいまで何人もしましたし、台詞に関しては前日までブレストしては書き換えていましたね。

撮影素材には、もっととんでもないセリフがブワーーッて収録されていて、編集の段階で「僕の髪型が大流行して」が選ばれて60秒に収められています。
ベッカムが来日した時に髪型が流行ったじゃないですか。髪型がブームになるって、日本特有。ベッカムアメリカに3年いても彼の髪型は流行らないと思うんですよ。野球少年が「僕の髪型も大流行して」って言ったら面白いんじゃないかなって。坊主なのにね。
それで、彼のちょっと天然な人間性や人間味が立体的に出るといいかなって思って。でも役者の子がすごく上手くやってくれた。ウソっぽくもなく違和感もなくて彼はすごく良かったです。

カラオケボックスでの自主練!

――肝となるスピーチですが、野球少年にはどんな演技指導をされたんですか?
彼もプレッシャーすごかったと思うんです。セリフが長いうえ、急に決まったセリフがあったり、リハーサルの時間もない。でも、撮影前にやっぱリハーサルしたほうがいいと思って、前夜にカラオケボックスで2人でリハーサルしたんです。それまで、彼と全く話をしていなかったので、主人公の人物像についての説明からしました。そうしないと彼もどう演じればいいか分からないですからね。

僕なりに主人公の状況設定を作ってみたのです。彼は選手宣誓用にノーマルなスピーチと今回のものと2つの宣誓を用意していると。心の中に溜まっていた色々なものがあって、ずっと言ってやろうって思ってはいたけど、どっちにしようかなって直前まで葛藤があった。「宣誓!我々は!」って言ったところで、「言ってまえ!」と覚悟するんですね。そこでなんとか間を作って、「というか」って続けるんですね。主人公役の彼には、その「というか」を一番重要にしようねって伝えました。
「というか、僕に注目してください!」って言ってしまうことがターニングポイントになるんです。もう1人の自分にバイバイしたというか。後に続く言葉は、溜まっていたものが爆発すればいいんじゃないっていうことで、がんがんノリノリで上がっていけばいいよねって話をしました。彼はすぐ理解してくれた。
本番での間の作り方も凄いうまかった。たぶん、彼、その夜寝なかったんじゃないかな。1時間半くらいしか自主練しなかったのに、次の日完璧に覚えてきてたから。

今思えば僕の考えをそこで説明できたのがよかったなって。普通CMって中々リハーサル出来ないものなんです。いい演技が出来たってことだけでなく、撮影もスムーズにいきました。あれがなかったら撮り切れなかったかもしれません。

他のキャストに関しては、皆さん一般の方やエキストラさんなんです。「坊主やんけ」とツッコミをいれているのも制作スタッフなんですね。全てが綺麗すぎるCMが嫌いなんです。現実ってとんでもない髪型や、とんでもない恰好で歩いている人って街に結構いるものなんです。

■ 音楽のないCMとサウンドデザイン

――音の使い方もすごく印象的でした。
音楽がないんですよ。それはね、僕も不安になった。でも、ワイデン+ケネディのクリエイティブ・ディレクターのケイレブ(ジェンセン)さんが、最初から「音楽なしでいい。音楽が逆に邪魔になる」と言っていて。「スゲーなこの人」って思いましたね。確かにそうなんですよ。途中、不安でありとあらゆる音楽を聴いてみて、オーディションのビデオにあててみたりしたんですけど、どれも合わないんですよね。
CMにおける音楽の役割って、エモーションを固定すること。そうするとストーリーが伝わりやすくなるんですね。でもこのCMって、実は、彼のエモーションが固定されていなくて、CMの持つムードが攻撃的なのかセンチメンタルなのか曖昧なんです。そこに音楽を付けちゃうと世界観が狭くなってしまうんです。

――サウンドデザインはどうでしょう?
スピーチとSEですよね。Cutters Tokyoのライアン(マクガイア)さんがベースを作ってくれて、Stimmungというアメリカの音楽会社が最終的に制作しています。SEは日本のCMの作り方とは違うものが入っています。日本の場合、“きっかりここではこういう音するよね”っていう作り方なんです。今回、“本当はこういう音はしない”けど、エンターテイメント出来る音を採用しています。結構それがはまっていると思います。

例えば、彼が走っているシーンでブオーーッて音がするんですけど、絶対そんな音はしないし、旗の音もそう。最後の方に誰も気付いていないと思うけど、所謂ドロンって言われている、ブーーンっていう低音を入れているんですね。大ボリュームにして聞くと分かるんですけど。「なんか効いてるね」っていう音が色々散りばめられていて、逆に音に敏感になっていく、そういう効果があると思うんですね。

――ドロンの採用は、“ざわつかせろ”にも結びついていますね。
無意識の音を計算するのって日本だと“地味”って言われることが多くて、視聴者が思いっきり振り向いてくれる、単純に目立つ方がいいという考え方なんですが、このCMではそういうのを排除して「これにはこの音が適切だよね」としか考えていないんです。それって凄いなって。だから逆に目立つんですよね。視聴者に対して変にすり寄ってないというか。見ている人は一瞬「えっ!?」と、投げ掛けられた感じになる。

更に言うと、フィルムの生々しさが出るというか。ワンフィルタ剥ぎ取られて「見ろ」って感じ、映像と距離が近い感じになる。フィルム、映像の持っている力に対してのリスペクトがあるというか。(音で)変に誤魔化していないので、映像のゴツゴツした感じや強さが出てるのがいいなって。そのバランスが難しかったんですけどね。フィルムとしてのアナーキーさと、エンターテイメントとして成立しなきゃいけないバランス。作っている側のチャレンジ精神や、「フィルムってパワフルでしょ!」という、フィルムを愛している感じが出るといいなって思いました。近頃はそういうのが少ない気がするから。作り手も根本的にそこまで映像の力を信じていないというか、加工することの方が好きなんじゃないかなって。

フィルムメイキング魂みたいなものが宿るといいなって昔から思って映像作っているんですね。一瞬の撮れたものを信じているというか、光を焼き付けるっていう行為に対する子供っぽい興奮というか。でもCGすっごい使っているんですけどね、これ。球場CGだらけ(笑)。

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