広告代理店から愛を込めて

心筋梗塞になった40歳広告代理店の人のブログ

ケータイ小説ブームの深層(石鍋仁美のマーケティングの非常識)


「感動」ではなく「共感」
 農村から都市を包囲せよ。
毛沢東が唱え、大手スーパーが実践した革命論でいま成功しているエンターテインメントがケータイ小説だ。
携帯電話で書き、携帯電話で読む。
国学図書館協議会などが昨年秋に発表した調査では、
中一から高三までの女子の全世代で、
人気書の上位五位のうち四冊、または五冊すべてがケータイ小説だった。


 この新勢力について純文学誌「文学界」一月号が
ケータイ小説は『作家』を殺すか」という興味深い座談会を掲載した。
参加者は作家の中村航社会学者の鈴木謙介ケータイ小説サイト魔法のiらんど編成部長・草野亜紀夫の三氏。
文学、若者・ネットコミュニケーション論、
運営現場というそれぞれの立場からケータイ小説人気の理由を読み解こうと試みている。
 

人気ケータイ小説の内容は似ている。
レイプ、妊娠、中絶、自殺未遂、恋人の死、親の不仲。
作家の中村氏は紡木たくの暴走族漫画、尾崎豊の歌、ギャル雑誌の投稿欄を思い出させるとし
「ヤンキー&ファンシー」というキーワードを提示する。
舞台は匿名の地方が多い。
「(作者は)東京のこと全然知らないんだな、という描写を見つける」。
作者の名も半ば匿名だ。


 運営会社の草野氏は作家の居住地が実際に
「満遍なく広がって」おり「地方が多いかな」と語る。読者の多くも地方在住者。
「娯楽が少ない」ので「携帯電話に求めるものが多い」からだ。
書籍販売でも地方をカバーするコンビニとTSUTAYAが大きな役割を果たしたそうだ。
 社会学者の鈴木氏が指摘するポイントは「共感」。「感動」は自分の外からやってくる。
未知で意味不明の絵や音楽にも「感動」はできる。
しかし「共感」は「自分の内側にある」「既知の」感情がもとになる、と鈴木氏。
作者が内容を「実体験」だと称する点も「共感」度を強める。


 ケータイ小説の「共感」性を保証するのは執筆過程の双方向性ではないか。
ケータイ小説の元祖とされるYoshi氏の「Deep Love」。
舞台は東京、執筆はパソコンという点が今と違うが、短く刻んで携帯電話に配信した点は同じだ。
当時取材した元「予備校の人気講師」Yoshi氏は「配信のたび反応をきちんと見ている」と記者に説明した。
感想はもとより、閲読率が落ちれば「難しい単語を使ったからか」など原因を推定。
用いる言葉の水準を変えるなどきめ細かいマーケティングを行っていた。


 今のケータイ小説も読者のメールを筋書きに生かし、要望で結末も変える。
周囲の反応をもとに書き継いだ「源氏物語」を思い出させる。
作品はコミュニケーションの道具であり結果。もともとコミュニケーションの道具である携帯電話にはぴったりだ。


 昨年は「恋空」が映画化され、書籍に続き作り手の予想を超えるヒットになった。
映画の販促にもTSUTAYAが告知コーナーを設けるなど、全面的に協力した。
今井夏木監督は「泣きやすいように計算したのは一カ所だけだったのに、泣き通しの人もいる」と驚き、
ヒットを喜びつつも「大丈夫かな」と心配する(毎日新聞〇八年一月二十五日付夕刊)。
共感度の強さは作り手も戸惑わせる。


 コンビニとTSUTAYAと携帯電話。一段落ちてテレビのバラエティー番組。
そんな環境に生きる地方の女子中高校生が「未知の世界」の感動より「既知の感情」との共振を求め、
内輪的なコミュニケーションから生み出したケータイ小説。その波が昨年は大都市も覆った。


 「思い出」に訴え、過去の感動を再起動させるのは本来、シニア向けのマーケティングだ。
珍しい物に飢えていると思われた若者も「すでに内に持つもの」にしか反応しなくなったのだろうか。
「新しいもの」や「前衛」「先端」が訴求力を持たない市場に、日本はなりつつあるのかもしれない。


編集委員


2008/02/08, 日経MJ(流通新聞), 4ページ, 有, 1589文字